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みんなの「守護霊様とおしゃべり!」ブログ


守護霊様とおしゃべり!5

2008/09/07 13:41
★この文章の1〜4は、以下で公開しています。都合によりこちらに続きを仮設いたしました。5〜12は、上から順番に続いています。あわせてお読みいただけますと幸いです。
http://lorenzo.at.webry.info/theme/774615b823.html

5.Eさんの話
「キャラが立」ちすぎている、と別扱いにしていたEさんのお話を、とうとう書いてみます。
 妻が私のお守りの誰かとおしゃべりしたくて、「どなたか、おいでくださいませ」と呼ぶと、絶対に、絶対に「わしじゃよ〜。へへへ」と出てこられるのがEさんです。「指名しろ。そうでなくばいつまでもEが出るぞ。出たがりだからな」とLさんに言われてからは、指名制にしたのですが、するとEさんいわく、「わしゃ、さびしいぞ〜」。
 Eさんは、出たがり。話し好き。楽天家。「面白そうじゃの!」「楽しいのう♪」が口癖で、多少落ち込んでいても、「ウキヨはウタカタ、楽しんだもん勝ちじゃ!」というEさんとやり取りしていると、すっかり気が晴れてしまいます。
 しかしかつては、世界遺産に登録されている京都の名刹の大僧正。画僧でもあり、私の手を通じて色々と絵を描かれます。
 ところがぶっ飛びエピソードには事欠かず、大柄な武士だった頃、戦の帰りにあまりにもお腹がすいて、あろうことか人の家の庭の池に入り込んで金魚を食べてしまい、驚いて出てきたその家の娘と恋に落ちてめでたく祝言をあげ、一人娘も生まれたということです。また修行僧時代には、お経の最中に笑いがとまらなくなってしまったり、般若湯(お酒のことです!)をこっそり飲んで、酔っ払って池に飛び込んでみたり、まったくやんちゃ坊主(ほんとの坊主!)だったのです。
 Eさんを口寄せしつつ(つまりEさんの人格のまま)妻と散歩しているときなど、普段の私はやらないような、股を広げてベンチにふんぞりかえる座り方をしたり、池の鯉を見て食べたがるなど、今ですら往時のおもかげは色濃く残っています。
(とても不思議なことに、パワースポットと言われている或る大きな公園の池を「Eさんの人格のまま」眺めていると、「おうおう、でっかい観音様が池の中におわっしゃる」と私の口からしゃべられたのですが、そのときは私の眼にも、うっすらとですが池の真ん中にたっている巨大な観音様が見えたのです! 普段はほとんどこのようなことはありません、まあ、どなたかを口寄せしつつ散歩することもあまりないことなのですが。Eさんを「はずして」私の素の眼でみると、まるっきりなんにも見えませんでした。もともと私は心眼以外では、全く何も見えないのです。このことは私にとって、Eさんの霊力の強さを感じさせるエピソードになりました)
 けれどもそうして散歩していても、花が群生しているところを見てポツリとご自分の娘さんの名前を口にしたり、神社やお寺の前を通るときは必ず頭を下げたり、「なにかお好きなものを描いてください」というと、たいてい花の絵を描き始めるなど、しんみりしたところも多々お持ちです。なにゆえ可愛いいさかりの小さな娘と、深く愛したであろう妻を残して出家したかなど、私も突っ込んできけないところもあります・・・・。
 豪放磊落すぎる、天真爛漫すぎるEさんの人生にも数々ある悲しいエピソードのことを思うと、上下二巻の大河小説がかけそうな気もするのです。
 Eさんほど強烈キャラでにないにしても、他のお守りのかたがたにもロマンスも悲恋も禁断の恋もありましたし、数多の断腸の思いも、命がけの修行もあったのだろうなあ・・・・と思います。みなさまの厳しい人生を考えると、私なんぞが十余冊も本を出しているのは恥ずかしいくらです。
 やはり霊魂を磨くには、そして死んでからも通常より高いところにより早く到達するには、この世で艱難にさらされ、強く正しい心で乗り越えていくことが一番なんですよね。
 Eさんの明るさには、スッポーンと突き抜けたものがありますが、私には及びもつかないほど色々あったからなんですよね。ねー、Eさん!
                                       つづく 
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守護霊様とおしゃべり!6

2008/09/07 13:33
6.展覧会の構想(夢想?)
 とうとうものにはなりませんでしたが、私は物書きになる前は、20年近くマンガや油絵、水彩画を描いていました。できることならそっちで生きていきたかったのです。しかしもう少し具体的な発信をしたくなってしまったため、というか才能がなかったため(物書きのほうも才能があるとは言えませんけれど)、文章のほうへと流れていったのです。
 けれどもちょうど画僧Eさんが付いていてくださったころは、どういうわけか絵を描くチャンスが多く、治療のため赴いたニューヨークでは、油絵の肖像画を何枚か売ったりできたものです。
 私のお守りの中では、Eさんと、そしてLさんがとても絵の巧いかただということです。
 まだみなさんのお顔を夢などで拝見していなかったときには、お二人にそれぞれのお守りの似顔絵を描いてもらったりして、「ああ、こういう方々なのだ」と想像をふくらませたりもしていました。Jさんについては意見が分かれますが、あとのお守りはどちらの描かれたものも共通点が目立ちましたため、確かにそのようなお顔なのだろうな、と思いました。
 ただ、お二人とも微妙な違いはありますが、私の描くものにタッチが似ているのです。
「それは当たり前だ。お前を含め三人とも類魂だもの。だがもちろんタッチの差はある。それが描き分けられないのは、ひとえにまだお前の力が不足しているためである」とLさんには言われました。
 そうでもあろうけどなあ・・・・でも、もしかするとやっぱり私が無意識で描いてるのでは・・・・・という疑いを、どうしても持ってしまう私でしたが、ある日、<そういえばJさんは書をよくするという。なにか書いていただいてみようか>と思い立ち、ボールペンでしたが「申し訳ございませんが、なにか漢字を書いていただくわけには」とお願いしてみたのです。
 すると、ものの数秒あいだがあいたあとに、サラサラ、サラサラと、きちんと韻を踏んだ七言詩がしめされました。ととさまのお役にたつためには清い心、満月のような心をもちなさい云々という内容でした。
「すげー!こりゃどう転んだっておれにはできない芸当だぜ。やっぱ本物だったんだ〜」と大感激!
「ではやっぱり、EさんLさんのタッチにあまり差がつけられないのは、フィルターである私の手のせいだ。Eさんはとくに画僧の誉れ高いかたなのだから、今描いているこんな程度のものではなかったはず。ああ早く、それぞれのお力をそのまま降ろしてもらえる手になりたい・・・・」と、近くに人がいなかったのを幸いに、さめざめ泣いてしまったこともあります。

 今はEさんにもさかんに描いていただいておりますけれど、まだLさん以外のかたとの書記ができなかった頃は、Lさんが私たちの専属イラストレーターでした。妻と共に「キアヌ・リーヴスの前世の顔を描いてください」「マリリン・モンローの前世を」「弘法大師を」「お釈迦様を」「イエス様を」とリクエストしまくり。でもLさんは楽しんで描いてくださいました。手を紙のうえに置いておくだけで、自然に絵ができていくのをみているのはとても愉快なものです。
 
 これからも訓練との両輪で、練習していきたいと思います。近いうちに、狭い事務所ではありますが、そこでささやかな展覧会をやってみようかと思っています。資金が皆無なので模造紙に作品を貼り付けただけのものになるため無料にするしかないかと考えていますが、今までも自分が企画・実行したもので経済的にプラスだったものはありませんし、全くOKです、やることに意義があります。EさんLさんJさんのかかれたものを展示してみようかと。お釈迦様のお顔が絶対にみなさまの予想をうらぎること間違いなしです。キアヌの前世の麗しさには絶句なさるはずです。もちろんその日までには、ボールペンでチョロッと描いたようなものではない作品も貯めておければなあと・・・・私が描くのではないので、自分勝手にはいきませんが。
 そしてもしご希望のかたがいらしたら、もちろん無料で、いつごろの、どこ出身の、なにをされていたお守りが今は中心になって付いてらっしゃるかということをお知らせし、Lさんにその似顔絵を描いていただく−−ということもその場でやってさしあげよううかと。自分にもお守りが付いていてくださるのだ、と実感して心強く生きていただきたいのです。
 ただ、チト資金と能力が(^^;)・・・・来夏ごろにできたらいいなと思っていますが!カンパ箱だけ置かせてくださいね〜。
 私の9年使っているパソコンはスキャナもCDも壊れているうえに、デジカメというものを持っていないので今はできないのですけれど、デジカメを買ったり新しいパソコンに替えた暁には、オンライン展覧会も可能ですね。


                                   つづく




  
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守護霊様とおしゃべり!7

2008/09/07 13:32
7.幸せなとき
 私はCさんが全国行脚をしたように、よく講演旅行をします。精神世界のものではなく、約二十年もやっている性同一性障害の講演です。今月(2008,9)ももう半ばになりつつありますが、これから奈良、長野、和歌山に行きますし、来月は帯広、京都、広島、大分、札幌予定です。
 講演がおわり、あったとしたら懇親会が終わり、さて独りでホテルの部屋に戻ってから、翌朝モーニングを食べて東京なり羽田なりに戻るまでのあいだが、私は異様に好きなんです。幸福そのものです。別になにも特別なことはしません。ただ独りで(あるいは、今でしたら八霊と)なんとなく過ごすだけです。
 本文にもアメリカでの手術後の数日間の強烈な幸福について書きましたが、実はそのあとの療養期−−異国でひとりぼっちで、術創も癒えないので観光どころではなく、毎日近くのスーパーに買い物に行って、読書と勉強とテレビだけの生活−−も、今思い出してもジーンと来るほど幸せでした。
 結局私は独りで遠くにいてゆったりするのが好きなんですね。
 このアメリカでのひとりぼっち期が、三十代半ばまでは人生至福の時でした。
 ところがそのあと今の妻と知り合い、ふたりもいいものだと知るようになり、また北海道から九州まで歩くようになり、お守りの方々と縁が深いためにひんぱんに奈良・京都、長崎、大分に出張してその土地や人々を愛するようになったのも、アメリカ孤独期と匹敵するくらい嬉しい年月だったのです。
 昔はよく、「今までの人生で一番幸せだった時期はいつかなー」などと考えてみたものです。本文に書きましたように、心ひとつでどんなときも幸せにはなれるものですが、それでも「より幸せ」な日々というものがあるものです。いや、いつでも同じくらい幸せさ、などという人はかなり無理をされているのではと思ってしまいます。
 色々楽しいことはあったけれど、何もかも心のそこから楽しむには、病気や性同一性障害が邪魔していた0〜23歳は一応外しますと、やはり上記の日々かなあと思ったものでした。23〜41歳までは戸籍上の性別が一致していなかったので、なんだかんだと軋轢はありましたけれど、また親も死んだり病気が篤くなったりしましたけれど、自分も経済的にピーピー言っていましたけれど(これは今も・・・・)、そんなことで悩みぬかずに済むほど、熱い年月を過ごせたのです。
 ところが今となっては違います。Lさんたちとのやり取りが始まってからの充実感は、まったく質の違うものではありますが、「今までここを目指していたんだな」ということがひしひしと感じられる日々であり、これ以上の幸せはない、と思いつつ毎日暮らしています。親の病気はいよいよ篤くなり、色々と身体に無理をしつつ年を重ねた自分の健康も心配ですし、もろもろの責任も重くなってきています。でもなにかどうなろうと、この先何が起ころうとも、「きょうよりも明日、明日よりもあさって」とより強い幸せが期待できるのです。
「それでもおまえは、もう自分のやりたいことはやり尽くしたと思っているではないか。同年代の人間と比べると格段に楽しみの少ない人生ではあったが、それでももう生き尽くしたと思っているではないか。なぜそう思うかわかるか。これからがお前が、生まれる前に約束してきたことを果たす時期だからだ。これからが本番なのだ。しかしこれから先はおまえの人生ではない。おまえを含む私たちのものだ。だから教えてやろう。この先は・・・・」とLさんに伝えられた、このあと起こる様々な奇跡! 絶対アタマを疑われるので(もう遅いかな??)、書きたいけれどやめておきます。言われたことの半分でも起こったら、天地がひっくり返るほど人生変わってしまいますが(人生は変わっても私はそのままのボケナスですので、どうかみなさま、いつまでも仲良くしてね〜)、ひとつでも実現したら御の字だと思えるほどなので、ものすごい期待とともに暮らしていけるのです。
 楽しいことばかりではありません。悲しいことのほうが多いです。家族にも、地球にもです。ありえないタイプの挑戦の連続になることでしょう。しかし自分がそうするべきことを十全に行うものなります。周囲は悲劇ばかりでも、自分の中は静穏です。本物の幸せです。
 だからLさん、「あれはウソだったんだよ〜ん」なんて言わないでくださいよね〜。

                           つづく
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守護霊様とおしゃべり!8

2008/09/07 13:31
8.死
 色々な講演会のお知らせメールやお手紙がきますけれど、「死について」「死を学ぶ」というものが、このところチラホラとあります。とてもよいことではないかと思いますけれど、紹介文を読むとガッカリすることが多いのです−−「死を迎えるその日までの生き方」で止まっているものがほとんどだからです。
 死んだあとのほうがずっと豊かで長い永い世界が待っているのに、そしてそのことを知っていたほうがずっと死を待つ準備が楽しいものになるのに、そこに注目している人々がいかにも少ないからです。
 7.に書きましたように、Lさんは私に起こるこれからのことのうち大枠を教えてくださったのですが、その中に死後のことも含まれていました。
「死ぬ年月日を教えることはルール違反である。だからあいまいだが、七十代前半、アメリカ上空で大きな飛行機事故により死ぬ。ぶっ飛んでバラバラになる。痛みはない。のちに、こちら(あの世)に来ている親族や友人とひとしきり歓談したあと、自分の一生を振り返る作業がある。これは、とても いたたまれないぞ。それからは一般的には、通常の暮らしをただ営む場所に落ち着くが、この期間は実は魂の浄化期間である。だが、おまえはここは飛ばす。飛ばして、趣味や思想を同じくする者の住む場所にいく。人によって違うが、おまえの場合は寺や教会が立ち並ぶ町だ。そこで経を読んだり聖歌を歌ったり、講義を受けたりして暮らす。人によってはこんなのは地獄だろうが(笑)、おまえはとても気に入るだろう。我々も全員ここにいたのだ。ここで、地上にいるよりも長い間を過ごす。そのうち形態が変わって、透き通って光りだす。そうすると上から迎えがいく、おそらく私だ。そして一緒にもっと上にいく。すると前世だったものたちとその関係者がたくさんいて、ひとしきり楽しく過ごす。よくおまえが夢やヴィジョンでみている、あの赤い高楼でだ。そしていよいよ一丸となって、ととさまに混じってしまいにいく・・・・至福である。のちに私もおまえも魂の一部を地上に戻し、あらたに仕事をもつ。しかしおまえは人の守りには付かない。おまえの仕事は・・・・」−−ああ、書きたいけれど、誇大妄想だと思われてしまうのでやめておきます(もう遅いかな?)。
 このように、誰しも死んだあとのほうがとてつもなく永く、病気も事故もたいした悩みもなく、ただ自分の望むことに打ち込むことかできる、まさに「天国」にいくことができるのです−−ということを私は今まで何十冊という本で読んできたし、またLさんにも、私仕様のヴァージョンについて聞くことができました。
 死んだらなにもかも終わりだ、無だ、と考えて、日々をその死に向かって生きていく、などということは私には難しく思われます。そんな生き方は、少なくとも私にはとても虚しいのです。幼稚園児のころから死後の世界があるとボンヤリ思っていて、そのことについていつも考えていたために、この期に及んでは、私は死は全く恐くありません。そのときまでの苦しみ(私はないようですが)、そして時間のある世界としては、やや長い離別の悲しみがつらいのであって、その他にはただ希望があるのみです。
 どうしてもやり遂げたいことがあったり、子どもがいたら、違う考えをもつかもしれませんが・・・・。

 私は手術のために初めてアメリカに行くとき、もう二度と日本の土は踏めまいと覚悟していました。今とは事情が違うのです。実際には無事帰ってきて受け入れてもらうことができたのですが、このときの気持ちと死ぬときの気持ちは、多少似ています。
 もう二度と自分の今いるところには戻れず、知っているすべての人と別れて、色々と話に聞くだけで行ったことも実際にみたこともないところに、ひとりっきりで行くわけですから。
 しかしどういうわけか、もちろん自分がずーーーーっと望んでいた治療を始めにいくという喜び(身体が弱かったので生きて帰れないかもという思いはあったものの)もあったにせよ、恐くもなんともないのです。言葉の壁も、初めて乗る飛行機もなんのその。生きて帰れるかどうかもなんのそのです。荷物の準備をしながら自然と口笛が出てきたのには驚きました。親にも二度と会えないと思っていたのにです。
 覚悟が決まっていたからです。
 どういうところにいくかだいたいわかっていて、行く覚悟ができていて、未知の所への旅が好きであれば、あまりこわいものではありません。
 ですからどうか死ぬのが恐いと思っている人は、やんわりと覚悟を決めるために、自分が一番やっていて楽しいことはなにか考えてみてください。きっとそれをさせてもらえる、いえ、ただするだけではなくて、そこにいる人たちと切磋琢磨しながらどんどん上達していく場所にいくことができますから、少しは楽しくなるはずです。
 自殺についてはこの限りではありませんが(本文をご参照ください)、与えられた生を精一杯生きた人は、あとはただゆるやかに向上していく、永く健康な生活が待っているのです。

                                     つづく
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守護霊様とおしゃべり!9

2008/09/07 13:31
9.時間が無い
 Lさんはよく、「こちらには時間が無いのだ」と言われるのですが、時間という概念がないのか時間そのものがないのか、今いちよくわかりません。どちらも当たっているかもしれませんが、「おまえたちの一生は、おまえたちの時間に換算すると、こちらでは一年くらいに感じる」ということを聞けば、なんとなくこちらの六十倍くらいの速さで時間が流れているというような感じも受けますし、「我々は全員そのうちJと同じところまで上る。つまり、その地位までいくのだ」という話も出ますので、今より先がある、つまり時計や季節や老いるということがないだけで、独特の時間は流れているのかな・・・・と思うこともあります。前項で書きましたように、死んでから徐々に段階をあがっていくというのも、「時間」がないだけで、やはりなんらかの「進行」というものはあるのではないかと思われます。
(私たちの世界にもし季節もなく、老いもなく、時計もなく、朝も夜もなくていつも昼だったら、やはり時間というものを考えづらくなるかもしれません。)
 とてもフレキシブルに感じられることもあります。今年の三月までは、私は「あちら」では三つの子どもにしか見えなかったそうです。いつもLさんの足元で遊んでいて、なんだかんだと泣いてばかりいたとか。しかし今は二十一の若者になっているとか(ああ、現実でそこまで若返りたい・・・・)。つまり半年に十八歳年取ったわけですが、それはひとえに魂が大人になったという比喩のようにも思われるのです。
 時間がないということは、とても自由で詩的ですね。

 本文にも書きましたけれど、あちらには時間(というものor概念)がないので、全ての転生は同時に起こっているのだそうです。類魂の人生全て−−Jさんの人生も、Lさんの人生も、私の今のこの人生も、私の二千何百もあるという前世が同時に起こっている・・・・信じられませんが。精神世界方面でひんぱんに引用される言い方をすれば、CDに入っている曲が全て同時に鳴り出したら何がかかっているかわからなくなってしまうのと同じで、本当は全て「すでにある」のだけれども、一曲ごと、つまり一人分の人生ごとに焦点をあてた見方をしているのが時系列でたどれる転生の順番なのだとか。しかしJさんもEさんもLさんも、また他のお坊さんたちも、室町から安土桃山の終わりにかけて人生を送っています。一人死んでから次の転生、というわけではないようです。
 また、私の類魂の一人は現在もオレゴンで牧場をやっているそうです。ということは、まあその人のほうが少し年上らしいですが、私は自分の前世と同時に生きているわけです??
 うーむ。
 ・・・・同じことを言っているわけではありませんが、物理学でいわれる「多世界解釈」などがすんなりアタマに入る人には、わりとわかりやすい話かもしれません。「他の世界には別の自分が存在している」というものです。
(物理学は私は高校時代には最低点でしたけれど、心霊関係のことは物理学とか量子力学などを学ばれている人のほうが、わかってくれ易いのではないかと時々感じられます。)
 そして私は、Lさんが死んだと同時に生まれたのだということです。ここでまた同「時」という漢字を使うしかないのがつらいところ。もしここに本物の時間が入り込むと、室町の終わりあたりに私が生まれなくてはならないか、昭和四十年ちかくにLさんが死ななくてはなりません。しかし時間がないとすると、特別な或る「十一月二十五日」が、彼の命日で、私の誕生日になるわけです。
 まあなんでもいいや。
 ただ大切だなあと思ったのは、お守りの方々の・・・・なんと言いますか、平等感覚と言いますか、悠然たるところです。Jさんのように神様に近いところまで我々は行くのだ、と確信しているLさんたちは、「今にみてろ」だの「いつかおれだって」などというアセリや妬みはまるっきり持っていません。時間がないというのは、「いつかそうなるということは、もうそうなっているのと同じなのだ」という考え−−最初から仏になっていると思おう、という密教的なものと似ていますが−−を引き起こし易いのかもしれません。「なゆただっていつかそうなるのだから、Jとおまえも同じなのさ」などと言われても、ピンと来ないどころか畏れ多くて身が縮む思いですが。
 でもそのように大局を見るためにも、一分一秒を争うような今の生活をなんとかしたいものです。
                                 つづく
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守護霊様とおしゃべり!10

2008/09/07 13:30
10.少数者もなにもなく
 私は女から男に性転換したものです。いわゆる性同一性障害というものでした。世間一般に誤解されていることが多いのですが、同性愛とは違います。トランスジェンダーと同性愛には重なる部分もありますが、・・・・まあそれはここではやめておきましょう、その方面のサイトでお調べください。
 いずれにしろ、どちらも少数者、性的少数者であることには変わりはありません。
 そして性的少数者は、伝統的な宗教を奉じている人々からは、異端視されたり排斥されたりしがちであるということは、本文におそるおそる、しかしかなりたびたび書きましたので、ぜひそちらをお読みいただけますと幸いです。
 けれどもアタマがおかしいと思われるのを承知で書きますと、ととさまやイエス様からの間接的なお言葉を聞いた限りでは、性的少数者であることなんか、死んでからの待遇にはまるっき関係ないということでした。そんなことが天国に入る妨げになるなどとは、すべて人間たちが勝手に言っていることだそうです。
 ・・・・なーんて書いても信じてくださる人は少ないでしょう。しかし少し考えればわかりそうなものです。わからない人は、おそらく自分がそのような立場にたったことがないために想像できないだけでしょう。想像力は、とくに宗教家には、なくてはならないものだと思いますが。
 全ての少数者は、自分たちが選んでそうなったわけではなく、そのことによって何かしらの学びを得るためにそうなった人生なのです。同性愛、性同一性障害他、一人一人そうなった理由は違うということですが、たとえば私なども、「もちろんととさまの青写真があり、私たちが実現していった」と言われました。
「病気ばかりして病人の気持ちがわかること、子どものころいじめにあっていたこと、男のことも女のことも、どちらかしかやったことのない人間よりはよくわかること、それらはおまえの、いやさ、私たちのこれからにとって役立つからな。どう役に立つかはいずれわかる。どんな苦境も、その先を考えて計画されていることなのだ」
  ううむ・・・・なんとかやり抜いてこられたから私はまだよいものの、今を悩んでいる人々が信じてくれたらよいなあ、と思う言葉です。
 Lさんはさらに言われました。
「性的少数者だからといって神仏が門を閉ざすと思うなどと、そんな了見の狭い神仏などおらぬ、そんな考えこそ冒涜というものだ。今はそんなことはないが、昔の僧は男色が一般的なことだったではないか、女人禁制が厳しかったからな。僧だけではない、古典を読んでみろ。日本はおおらかだったのだ、わかるであろう。私たち何人かにもその経験はある。キリシタンには、しかし、それらは罪だと教えられたが、こちらに来てみてそうではなかったとわかった」 
 Lさんというかたがいらっしゃるということ、そしてその言葉を信じてくださる人には、これが天の見解だというふうに思ってもらえると思いますが、それはなかなか難しいことでしょうね・・・・。
 ただおっしゃることはとてもよくわかります。性的少数者として生まれたとして、そのことで天を恨み世を恨み人を恨んで、周囲に毒を撒き散らしながら生きる人は、悪いことばかり引き寄せてしまうことでしょう。それこそが罪なのです。
 そのように生まれたことそれ自体は、自分が意図したわけではありませんから果敢に受け入れて、さてそのうえで、そのような人生が意図するものはなんだったのかという真相を、いつの日か掴めることを望みながら、奮闘努力しつつ健康な市民生活を送っていく人。このような人を差別する人、あるいは門戸を閉ざしたりする宗門があるとしたら、その人たちこそが実は神仏をガッカリさせているのだと言うことを、ああ、そのうちなんとかして目に見える形で示せるとよいのですが。

                               つづく
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守護霊様とおしゃべり!11

2008/09/07 13:29
11.ととさま〜神様の性別
「Lさんはいつも<神様>のことを、<ととさま>とか<おととさま><おとのさま>と呼ばれますが、神様って性別はないですよね?」と訊いてみたことがあります。
「もちろんないさ。性別も人種も形もない。特大のエネルギー、光である。ただ私の時代は、おおいなるものは男だったから、ととさまとお呼びするだけだ。女だと思えば<かかさま>でもよいし、もちろん神さまでもよい。変幻自在さ、仏教徒にはそれなりの仏とか観音の姿でおでましになるし、キリスト者にはイエスや主のイメージで出られる。こうであってほしい姿で出られる。おまえも何と呼ぼうと構わない」
・・・・とのことでした。
 私はLさんが大好きなのと、もう何年もメダカの繁殖に熱中しているので、魚もイメージできる「ととさま」(冒涜しているつもりは全くないです。イエス様を暗喩する形象として魚が使われておりますし)を同じように使っています。が、もちろん神様が男だと思っているわけではありません。また、男で悪いとも思いません。女であってほしいとも思っていません。
 やはりどう考えても、中立がよいのではないかと思っています。男も女もそうでないものも全ての創り主で全ての悩みや祈りの聴き手であるからには、偏りがあるほうがおかしいのです。だから中性を尊べ、とは言いませんが・・・・(^^;)
 これは、ただの御伽噺として聞いてください。私は今までに三回、<ととさま>らしきかたから書記と口寄せがあったことがあります。「我こそは神である」などとは決して言われませんでした。そのように出て来られてから名乗りを挙げるかたは、たいてい低い霊なので要注意です。人間もそうですが、たいていの高い位にいる人というのは、とても謙虚で隅のほうにひっそりと立っていることが多く、おずおずと出される名刺をみてびっくりする場合がほとんどです。
 それらすべてのすばらしい生き物を創られた方が、名乗りをあげるようなはずがあるでしょうか。いいえ、ありません。ととさまとおぼしきかたは、私の将来について一言二言言われただけで、私からの質問には答えられずにスッといなくなりました。お守りのかたは別として、人間としてこの世にいらしたことのないうえに高いかたというのは、えてして会話はされず、予言か箴言を残していかれるだけであるように思います。
 またそれらの時は、お守りの方と違って、はじまる前に異様に口の周りがビリビリするので、一番初めにそのことがあったときは、脳になんらかの発作が出たかと心配してしまったほどでした(というか、これらすべてが脳の発作だったりして??)。
 それは厳かな、かなり年かさな男性でした。威厳と優しさに満ちていました。私にはととさまはそのような方だという無意識の思い込みがあるのでしょうか。ただもちろん顕在意識では、ととさまだなんて思いません。考えられないことです。
「Lさん・・・・今のかたは・・・・」と伺ってみて、「ととさまではないか。信じられんが。あっぱれだ!なゆた。心して歩めよ」と言われ、初めて「ヒャーッ!」と思ったのでした。
 でもどう考えても私ごときに、という気持ちはぬぐえず、今でも半信半疑です。Lさんたちも時々は私をからかうので。それにしてもこれはステキな からかい方ですが。ととさま<大霊さま>ご自身ではないとしても、分霊された八百万の神々のどなたかである・・・・というくらいの重量級のお出ましでしたけれど。
 今 はからずも書きましたように、究極の神様はお一人としても、他にも色々な神仏が世界各国で言われておりますが、それらのうち多少は人間が作り出して拝んでいるうちに実体化してものもあります。けれども、ほとんどはもとからおられたかたがたで、Lさんたちとのやりとりや、また自分に降臨くださったかたがたの言動から推察するに、一つのお光が国によって違う名前で呼ばれているということは多くみられます。日本で何々の尊と言われているかたが、何エルという天使だったり。ととさまがご自分の仕事のお手伝いのために分霊されて人格を持たされたかたが大多数です。
 そして本文にも書きましたように、私たちもととさまを宿している存在なのです。いと高きかたも、ほんの小さきものも、同じ光を宿している仲間。ひとつの仲間。
 この気持ちさえ徹底していれば、神様の性別についてどのように思う人々も、またどのような意見の食い違いがあろうとも、仲良くなれないことはない、と思うのですが・・・・。

                               つづく 
 
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守護霊様とおしゃべり!12

2008/09/07 13:28
12.終末の予言・再生の予言
 さていよいよ最終項です。
「来年はどこそこに巨大地震が起こる」「関東大震災はいついつ」「本当の人類の粛清は202*年」と聞いたことを・・・・ここにぜひ書きたいと思っていたのですが、予言というのは「今のままの未来」であって変わり得るので、やめることにしました。
 逆に地震などを予言して、そのときに来ないように祈る人が増えれば増えるほど起こらない、という話もよく聞くので、書いてしまおうかな〜とも思ったのですが、誰からも信用れされないに違いないとも考えられるので、やはりやめておきます。
 関東大震災は今までに、上記のような祈りの集団のおかげで七回回避されたそうなのですが、今度は確かに来てしまうようです。私のこのブログに「どこそこに出張します」みたいなことをわざわざコーナーを作って書き出したら注意してくださいまし。私はちょうどそのとき、他県に出張に出ているそうなんです。(←2012年5月の変更。正しくは、このとき「地震のとき、おまえはこの家にいない。母様もいない」とのみ言われたのです。この部分を書いた時点では、私が家におらず母もいないというのは、私が遠くに出張に出て、母をケアホームにショートステイに出す、という状況のみでした。それでこのように書いたのです。しかし今年になり、私がたとえ数時間でも家を空けるときには、母をデイケアに預けなければならなくなったので、ここの部分は、今やただ「ちょうどそのとき、家にいないそうなんです」にしたほうが正しいかもしれません。だとすると、ほぼ毎日になってしまいますが、ああ、いずれにしろ起こりませんように。起こっても被害が甚大ではありませんように) それは今さかんにいわれている地球の次元上昇、いわゆる2012年問題に関連した災害になると思います。これもただの夢想として聞いてください。Lさんに言わせると、2012年には確かにととさまによる粛清が準備されていて、舞台装置はすべて完了したのだそうですが、或る理由で劇団員を呼ぶことはやめたということです。つまり劇そのものは上演しないことに決まったのだそうです。ただ舞台だけは勝手に作動するため、緞帳はあがり音楽は流れて照明は切り替わり・・・・と続いていきます。というのは、ありとあらゆる災害が全世界的に起こってしまうことを意味します。今すでに世界も日本も異常な自然災害・人災も多いですけれど、舞台が上がる前の前奏曲が流れている最中と思ってよいでしょう。2012年までに人類は半分以下になる災害ばかりが起きて、宇宙から救いの手が差し伸べられて、ましな人間をどこかの星に避難させるとか、そんなことが書いてある本やサイトなど読むと書き手のアタマを疑わしく思ったものですが、今私がまさにそのように思われているかもしれませんね。
 それを覚悟であえて書きますと、2012年前後に死んでしまう人間は、災害により死ぬ人々です。ところが本当の粛清は、十年以上先に予定されているのだそうです。そしてそのときは、ここに詳しく書く勇気はないのですが、とても静かな状況で、あまり音も無く、「目覚めていない人々」が、その場、そのいる位置ごといなくなってしまうのだとか・・・・つまり国土もかなり減ります。
 私がここにこんなことを書くのは、カルト的な終末観をさらすためではありません。
「目覚めること」とはなにか、ということを、ただ書きたいのです。
 もちろんそんなことを私が知っているはずもなく、Lさんたちに聞いたことではありますが、こんなふうに言われました。これはここをお読みのみなさんに一番訴えたいところなのだということです。ですからみなさまに向けて書きますね。
「目覚めるというのは、おおいなるものに生かされている、と知ることだ。自分が一人で生きているわけではない、おおいなるものに生かされているもの同士愛し合うべきだ、ということさ。そんなことはとっくに知っている、と思うものは多かろう。しかし本で読んだ、誰かに聞いた、そんなことではだめなのだ。それを知って、その知恵にもとづいた生活をしている人間でなくてはだめなのだ」
「ととさまがなぜそのようなことをされるか訝るものも多かろう。自由意志を与えられた人間が、あまりにもひどくなってしまったからである。これが起こるのはこれで三回目だ。死んだら終わりではないので、ひどい刑罰とは言えないよ。それでもこのように、自助努力の機会も与えられるのだ。ここでマシにならねばならぬ。そしてよりよい世界を再び創りだしていくのだ。そのために何ができるか、たとえどんなにささやかなことでもよい、一人一人考えてみるとよい」

 今、人の目覚めを促す活動をせよ、と神仏から、またはお守りの方々から呼びかけられている人は、国内に約三千人おられるそうです。その人たちの多くは霊能者として生きているわけではありません。霊能者のかたもおられるでしょうが、たいていは通常の会社員だったり自営業だったり、別のことで生計をたてています。もちろん表現者は自分の表現手段でそれらの訴えをしていくでしょうが、そうではない職業の人は、職業上の何かを活用して、あるいは生活のしかたでそれらを世に訴えていくことをしていくのでしょう。
 私はただお守りの方々のメッセンジャーであるだけで、霊能者でもなんでもありませんが、この先のことを見守る機会は、通常より与えられているようです。
 大変な前半生、中盤生でしたが(おそらく後半も大変かな〜・・・・)、とても多くの人々とともに生き抜いてきました。あまり多くを歩いたわけではありませんが、日本全国も韓国もアメリカも、行ったところはどこもすてきな人々と文化に溢れていました。ですからなんとか多くの人々とともに生き残って、再生の希望に賭けたいと思っています。
 性同一性障害啓発活動も続けて、願わくばお守りの方々とのやり取りも深め、Eさんたちの展覧会や母にバレない程度の表現も続けて、やすみなくやっていきたいと思っています。
 またちょくちょくこのブログに遊びに来てくださいね! ありがとうございました。(^^)/ 
記事へ驚いた ブログ気持玉 14 / トラックバック 0 / コメント 0


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