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zoom RSS 守護霊様とおしゃべり!10

<<   作成日時 : 2008/09/07 13:30   >>

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10.少数者もなにもなく
 私は女から男に性転換したものです。いわゆる性同一性障害というものでした。世間一般に誤解されていることが多いのですが、同性愛とは違います。トランスジェンダーと同性愛には重なる部分もありますが、・・・・まあそれはここではやめておきましょう、その方面のサイトでお調べください。
 いずれにしろ、どちらも少数者、性的少数者であることには変わりはありません。
 そして性的少数者は、伝統的な宗教を奉じている人々からは、異端視されたり排斥されたりしがちであるということは、本文におそるおそる、しかしかなりたびたび書きましたので、ぜひそちらをお読みいただけますと幸いです。
 けれどもアタマがおかしいと思われるのを承知で書きますと、ととさまやイエス様からの間接的なお言葉を聞いた限りでは、性的少数者であることなんか、死んでからの待遇にはまるっき関係ないということでした。そんなことが天国に入る妨げになるなどとは、すべて人間たちが勝手に言っていることだそうです。
 ・・・・なーんて書いても信じてくださる人は少ないでしょう。しかし少し考えればわかりそうなものです。わからない人は、おそらく自分がそのような立場にたったことがないために想像できないだけでしょう。想像力は、とくに宗教家には、なくてはならないものだと思いますが。
 全ての少数者は、自分たちが選んでそうなったわけではなく、そのことによって何かしらの学びを得るためにそうなった人生なのです。同性愛、性同一性障害他、一人一人そうなった理由は違うということですが、たとえば私なども、「もちろんととさまの青写真があり、私たちが実現していった」と言われました。
「病気ばかりして病人の気持ちがわかること、子どものころいじめにあっていたこと、男のことも女のことも、どちらかしかやったことのない人間よりはよくわかること、それらはおまえの、いやさ、私たちのこれからにとって役立つからな。どう役に立つかはいずれわかる。どんな苦境も、その先を考えて計画されていることなのだ」
  ううむ・・・・なんとかやり抜いてこられたから私はまだよいものの、今を悩んでいる人々が信じてくれたらよいなあ、と思う言葉です。
 Lさんはさらに言われました。
「性的少数者だからといって神仏が門を閉ざすと思うなどと、そんな了見の狭い神仏などおらぬ、そんな考えこそ冒涜というものだ。今はそんなことはないが、昔の僧は男色が一般的なことだったではないか、女人禁制が厳しかったからな。僧だけではない、古典を読んでみろ。日本はおおらかだったのだ、わかるであろう。私たち何人かにもその経験はある。キリシタンには、しかし、それらは罪だと教えられたが、こちらに来てみてそうではなかったとわかった」 
 Lさんというかたがいらっしゃるということ、そしてその言葉を信じてくださる人には、これが天の見解だというふうに思ってもらえると思いますが、それはなかなか難しいことでしょうね・・・・。
 ただおっしゃることはとてもよくわかります。性的少数者として生まれたとして、そのことで天を恨み世を恨み人を恨んで、周囲に毒を撒き散らしながら生きる人は、悪いことばかり引き寄せてしまうことでしょう。それこそが罪なのです。
 そのように生まれたことそれ自体は、自分が意図したわけではありませんから果敢に受け入れて、さてそのうえで、そのような人生が意図するものはなんだったのかという真相を、いつの日か掴めることを望みながら、奮闘努力しつつ健康な市民生活を送っていく人。このような人を差別する人、あるいは門戸を閉ざしたりする宗門があるとしたら、その人たちこそが実は神仏をガッカリさせているのだと言うことを、ああ、そのうちなんとかして目に見える形で示せるとよいのですが。

                               つづく

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